ベストボーイ
べすとぼーい
ベストボーイとは
ベストボーイ(Best Boy)は、映画やテレビの撮影現場において、照明部門またはグリップ部門のチーフの直属の補佐役として働く役職である。照明部門のベストボーイを「ベストボーイ・エレクトリック(Best Boy Electric)」、グリップ部門のベストボーイを「ベストボーイ・グリップ(Best Boy Grip)」と区別する。
映画のエンドロールで「Best Boy」というクレジットを見て、何の役職なのか疑問に思ったことがある人は多いだろう。その名前からは仕事内容がまったく想像できないが、実は撮影現場の運営を支える極めて重要なポジションである。
語源
「ベストボーイ」という奇妙な肩書きの由来には諸説ある。最も有力なのは、部門チーフ(ギャファーやキーグリップ)が追加の人手を求める際に「自分の一番の部下(best boy)をよこしてくれ」と言ったことに由来するという説だ。この呼称は19世紀の船舶業界にも見られ、一等航海士を指す俗語だったという説もある。
なお、「ボーイ」という名称だが、性別は関係ない。女性がこのポジションに就く場合も「ベストボーイ」と呼ばれる(「ベストガール」とは言わない)。近年は「アシスタントチーフライティングテクニシャン」などジェンダーニュートラルな肩書きへの移行も議論されているが、業界では依然として「ベストボーイ」が定着している。
ベストボーイの具体的な仕事
機材管理
撮影に必要な照明機材やグリップ機材のリストアップ、レンタル会社への発注、現場への搬入・搬出の管理を行う。機材の動作チェックや返却時のインベントリ確認も重要な仕事で、数百点にのぼる機材を正確にトラッキングする必要がある。
人員の手配とスケジュール管理
照明チームやグリップチームのメンバーの手配、シフト管理、残業時間の管理を担当する。大規模なプロダクションでは10人以上のクルーを統括することもあり、撮影スケジュールに合わせた効率的な人員配置が求められる。
予算管理
部門の予算を管理し、機材レンタル費用、消耗品(ジェルフィルター、テープ類など)の購入、人件費の計算を行う。プロダクション全体の予算内に収まるよう、ギャファーやキーグリップと連携してコスト調整を行う。
安全管理
撮影現場では、重量のある照明機材の落下や電気事故のリスクが常にある。ベストボーイは安全規則の遵守を監督し、機材の設置状態の確認や電源回路の安全チェックを行う責任を負う。
ギャファーとの役割分担
ベストボーイとギャファーの関係は、企業でいえば「部長」と「課長」に近い。
- ギャファー: 撮影監督と打ち合わせ、各シーンの照明デザインを決定。創造的・技術的な判断を担う
- ベストボーイ: ギャファーの決定を実行するためのロジスティクスを管理。人・物・金の調整を担う
撮影が始まると、ギャファーは常にカメラの近くで撮影監督と行動するため、チーム全体の管理はベストボーイが担う。ギャファーが「右斜め45度から2kWのフレネルを当てて」と指示すれば、ベストボーイがチームに作業を振り分け、機材が正しく配置されたことを確認する。
具体的な作品での事例
大規模プロダクションでのベストボーイ
MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のような大規模プロダクションでは、照明機材だけで数百点、チームメンバーは20人以上に及ぶことがある。ベストボーイは各撮影日の機材準備を数日前から段取りし、複数のセットを並行して準備する。セット間の機材移動の効率化が撮影スケジュール全体に影響するため、ベストボーイの段取り力が制作の生産性を左右する。
インディペンデント映画でのベストボーイ
低予算のインディペンデント映画では、ベストボーイが機材管理だけでなく、照明の設置作業にも直接参加することが多い。限られた予算と人員の中で最大限の照明効果を引き出す工夫が求められ、ハリウッド大作とは異なる種類のスキルが必要となる。
日本の撮影現場
日本の映像制作では「ベストボーイ」という肩書きは使われず、照明チーフの下で働くスタッフは「照明助手」「セカンド」「サード」のように序列で呼ばれる。役割としてはベストボーイに最も近いのは「セカンド」(照明チーフの次席)であり、機材車の管理やチームの実務面を担当する。
キャリアとしてのベストボーイ
ベストボーイは照明助手やグリップとしてキャリアをスタートした後、経験を積んで就くポジションである。ベストボーイからさらにキャリアを積むと、ギャファーやキーグリップに昇格する道筋が一般的だ。
ただし、管理業務を得意とする人はベストボーイのポジションに留まることを選ぶ場合もある。現場の創造的な判断よりもロジスティクスの効率化に長けた人にとっては、ベストボーイこそが最も能力を発揮できるポジションともいえる。
映画のエンドロールでは通常、撮影監督、ギャファー、キーグリップに続いてベストボーイのクレジットが表記される。地味ながらも、その名前が刻まれるにふさわしい現場の屋台骨的な存在である。