デベロップメント・ヘル
でべろっぷめんと・へる
デベロップメント・ヘルとは
デベロップメント・ヘル(Development Hell)とは、映画やテレビシリーズの企画が開発(デベロップメント)段階に入ったまま何年も——場合によっては何十年も——制作開始に至らず停滞し続ける状態を指す業界俗語である。「開発地獄」とも訳される。
ハリウッドでは、スタジオが毎年膨大な数の企画を開発段階に入れるが、実際にグリーンライト(製作承認)を得て撮影に至るのはそのごく一部である。残りの企画は書き直しを繰り返したり、監督やキャストが離脱したり、スタジオの方針が変わったりして、無期限に宙吊りの状態になる。
なぜデベロップメント・ヘルに陥るのか
脚本の問題
最も一般的な原因は、脚本が「製作開始できる品質」に達しないことである。コンセプトは魅力的だが実際の脚本がまとまらない、というケースは多い。スタジオは脚本家を何度も交代させ、そのたびにドラフトが書き直され、元のコンセプトから大きく乖離していく。
権利関係の複雑化
原作の映像化権を取得したものの、契約条件が複雑で関係者間の合意が取れないケース。また、開発期間中に原作者が亡くなったり、権利の帰属先が変わったりして、さらに複雑化することもある。
予算とリスク
大作映画ほど制作費が高額になり、スタジオ側のリスクも大きくなる。市場環境の変化や競合作品の動向によって、ゴーサインが出たり引っ込められたりを繰り返すことがある。
キャスト・監督の離脱
開発期間が長引くと、当初参加を表明していた監督やスターが他のプロジェクトに移ってしまう。新しいタレントを確保するためにまた脚本を調整する必要が生じ、さらに遅延するという悪循環に陥る。
具体的な作品の事例
『マッドマックス 怒りのデスロード』 — 約15年
ジョージ・ミラー監督は2000年頃から4作目の構想を始めたが、イラク戦争による撮影地の治安悪化、メル・ギブソンの降板、予算交渉の難航などが重なり、実際に撮影が開始されたのは2012年、公開は2015年となった。約15年のデベロップメント・ヘルを経て完成した作品が批評・興行の両面で大成功を収めた稀有な例である。
『エイリアン3』
デヴィッド・フィンチャーの監督デビュー作となった本作は、開発段階で多数の脚本家と監督候補が入れ替わった。ウィリアム・ギブスン、エリック・レッド、ヴィンセント・ウォードらが脚本に関わり、宇宙ステーション版、木造惑星版など、まったく異なるコンセプトが検討されては破棄された。最終的にフィンチャーが撮影したが、彼自身も制作中のスタジオとの衝突に苦しみ、完成作を自身の作品と認めていない。
日本映画での事例
日本映画界では「デベロップメント・ヘル」という言葉自体はあまり使われないが、同様の現象は存在する。庵野秀明監督の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は当初2015年公開予定だったが、監督の体調不良や制作方針の模索を経て2021年の公開となった。ハリウッドのような権利問題やスタジオ間の政治よりも、クリエイター個人の創作的苦悩が原因となるケースが日本では多い。
ターンアラウンドとの違い
デベロップメント・ヘルと関連する用語に「ターンアラウンド」がある。
- デベロップメント・ヘル: 企画がスタジオ内で停滞し続けている状態。まだスタジオが権利を保持している
- ターンアラウンド: スタジオが企画を正式に手放し、他のスタジオが引き取れる状態にすること。「デベロップメント・ヘルからの脱出口」の1つ
ターンアラウンドされた企画が別のスタジオで息を吹き返し、大ヒットに至った例も多い。
企画をデベロップメント・ヘルから救う方法
プロデューサーや脚本家にとって、デベロップメント・ヘルは避けがたい業界の現実であるが、脱出の道筋はいくつかある。
- パッケージング: 人気スターや実績ある監督をプロジェクトに確約させ、スタジオの決断を促す
- 予算の見直し: 製作規模を縮小して、リスクを低減する
- ターンアラウンドの活用: 現在のスタジオから企画を引き上げ、より積極的なスタジオに持ち込む
- 配信プラットフォームの活用: 劇場映画としては予算が通らなくても、Netflix等のプラットフォームオリジナルとしてなら実現できるケースが増えている